JRRS若手優秀論文賞 受賞論文
JRRS若手優秀論文賞 エントリー論文
研究紹介
Our Research 2022
優秀論文賞対象期間(2021/9/11~2022/9/2)
No. 2022-4 藤通 有希
電力中央研究所 サステナブルシステム研究本部 主任研究員
Ionizing radiation alters organoid forming potential and replenishment rate in a dose/dose-rate dependent manner
FUjimichi Y, Otsuka K, Tomita M, and Iwasaki T.
Journal of Radiation Research, 63(2), 166-173, 2022
腸の放射線関連がんの発生機構を研究する上で、腸管幹細胞はがんの起源となる重要な標的であるが、線量・線量率による放射線応答の違いについて十分な知見は得られていない。そこで、幹細胞性を評価する有用な指標として、オルガノイド形成効率(OFP)とクリプト内の幹細胞の割合について線量と線量率による違いを評価した。腸管幹細胞にin vitroでX線を照射すると、線量に応じてOFPは低下した。マウス個体に高線量・高線量率のX線を照射すると、クリプトにおける増殖性幹細胞の割合は減少し、上位の静止期幹細胞による増殖性幹細胞の補充が促進されたと考えられた。照射時の増殖性幹細胞が解剖時まで残存していた場合は、非照射の増殖性幹細胞集団よりも高いOFPを示した。一方で、0.1 Gyの高線量率X線照射や1 Gyの低線量率γ線連続照射では、幹細胞の割合がわずかに減少したが、補充率もOFPも変化しなかった。以上から、線量・線量率、照射形態のような照射条件の違いにより、腸管幹細胞の放射線応答が異なることを明らかにした。
No. 2022-3 橘 拓孝
量子科学技術研究開発機構・放射線医学研究所 放射線影響研究部
千葉大学・大学院理学研究院 日本学術振興会特別研究員
Genomic profile of radiation-induced early-onset mouse B-cell lymphoma recapitulates features of Philadelphia chromosome-like acute lymphoblastic leukemia in humans
Tachibana H, Daino K, Ishikawa A, Morioka T, Shang Y, Ogawa M, Matsuura A, Shimada Y, and Kakinuma S. Carcinogenesis, 43(7), 693-703, 2022
原爆被爆者の疫学調査から、放射線被ばくにより急性リンパ性白血病(ALL)の発症リスクが高まることが知られている。しかしながら、その分子メカニズムは不明であった。本研究は、非照射およびγ線4Gyを照射したマウスに生じたB細胞のがん(Bリンパ腫)の次世代シーケンスおよびマイクロアレイ解析を行い、被ばくに起因する早期発症のBリンパ腫では、B細胞の分化に必要ながん抑制遺伝子Pax5を含む4番染色体の中間部欠失とB細胞の増殖に関わる原がん遺伝子Jak3の変異が特徴的に見られることが明らかになった。また、ウエスタンブロット解析により、早期発症Bリンパ腫は、未熟なB細胞の増殖に関わるJak/Stat経路が活性化していることを明らかにした。さらに、早期発症のBリンパ腫では、白血病発症に関わる特定の融合遺伝子(BCR-ABL1など)が見られないことも明らかにした。これらの特徴から、放射線が誘発するBリンパ腫は、ヒトALLのフィラデルフィア染色体様ALLの一種に類似していることが示唆された。本研究成果は、放射線による発がんリスクの科学的な評価や新たな治療法の開発につながることが期待される。
No. 2022-2 井山 慶大
長崎大学病院 高度救命救急センター 講師
Current situation survey for establishing personally acceptable radiation dose limits for nuclear disaster responders
Iyama K, Kakamu T, Yamashita K, Shimada J, Tasaki O, Hasegawa A. Journal of Radiation Research, 63(4), 615-619, 2022
自然災害などの一般災害と比較し、放射線災害に従事しようとする意志は職種に限らず低いことが知られている。その要因として、放射線に対する不安や知識不足が挙げられる。本論文ではDMAT隊員を対象としたアンケート調査により、実際に放射線災害医療に従事するとした場合、どの程度自身が許容できる被ばく線量のイメージを備えているかを明らかにした。その結果、自身が許容できる被ばく線量基準を既にあわせもつ隊員は少なく(9%)、当該分野の認識や知識不足が示唆された。災害対応者は自身の健康リスクを低減することと、災害活動を天秤にかけ、その間の妥協点での活動が求められる。そのため、災害対応者は予め自身の許容できる基準値を設定しておくことが理想的である。(図)
本邦の災害医療活動においてDMAT隊員は必要不可欠である。昨今の新型コロナウイルス感染対応にDMAT隊員が動員されたように、今後大規模な放射線災害が生じた場合にはDMAT隊員の力が必要になる可能性は極めて高い。したがって本学会会員による幅広く門戸を拡げた教育・啓発活動が、今後本邦の放射線災害への確固たる体制構築に直結すると確信している。
No. 2022-1 諏訪 達也
京都大学大学院生命科学研究科 附属放射線生物研究センター
京都大学大学院医学研究科 放射線腫瘍学・画像応用治療
SPINK1as a plasma marker for tumor hypoxia and a therapeutic target for radiosensitization
Suwa T, Kobayashi M, Shirai Y, Nam JM, Tabuchi Y, Takeda N, Akamatsu S, Ogawa O, Mizowaki T, Hammond E, and Harada H. JCI insight, 6(21), e148135, 2021
悪性固形腫瘍内の低酸素領域はがんの放射線抵抗性の一因で、その量はがん患者の予後不良と相関する。そのため、腫瘍内低酸素分画を簡便・正確・非侵襲的に測定する方法や、同領域による治療抵抗性を抑制する手法を確立することにより、個別化放射線治療の実現に繋がると期待されている。本研究では、腫瘍内低酸素分画のモニタリングや、低酸素がん細胞に起因する放射線抵抗性を克服する治療標的、に利用できる因子をスクリーニングし、serine protease inhibitor Kazal-type I(SPINK1)を同定した(図1)。SPINK1の発現は重篤な低酸素環境下で HIFs依存的に誘導された。新生されたSPINK1蛋白質は低酸素がん細胞から分泌され、隣接細胞の抗酸化能をEGFR-Nrf2依存的に活性化することでパラクリン的に放射線抵抗性を誘導した。この放射線抵抗性は抗SPINK1抗体存在下で抑制された。担がんマウスモデルの血漿中SPINK1蛋白質濃度は、腫瘍内低酸素分画と強く相関した。以上の結果から、低酸素がん細胞に起因する放射線抵抗性を克服する治療標的として、また、腫瘍内低酸素分画を予測する簡便な血漿マーカーとして、SPINK1を活用する意義が見出された(図2)。