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JRRS若手優秀論文賞 受賞論文

JRRS若手優秀論文賞 エントリー論文

研究紹介

Our Research 2020
​優秀論文賞対象期間(2019/10/1~2020/9/30)

No. 2020-10 橘 拓孝

千葉大学大学院 融合理工学府
量子科学技術研究開発機構 放射線医学総合研究所

Early induction and increased risk of precursor B-cell neoplasms after exposure of infant or young-adult mice to ionizing radiation

H. Tachibana, T. Morioka, K. Daino, Y. Shang, M. Ogawa, M. Fujita, A. Matsuura, H. Nogawa, Y. Shimada, S. Kakinuma.

J Radiat Res, 61(5), 648-656, 2020.
https://doi.org/10.1093/jrr/rraa055

 原爆被爆者の疫学研究から、放射線被ばくによりリンパ性腫瘍の発症リスクが増加することが知られていたが、腫瘍のタイプ別のリスクは不明であった。本研究は、動物実験により、若齢期の放射線被ばくが、低分化のB細胞リンパ腫の早期発症リスクを増加させることを世界で初めて明らかにした。

 本研究は、マウスの長期発がん実験で収集されたリンパ腫標本の病理組織学的解析を行い、幼若期の被ばくではpre-Bタイプ、若齢成体期の被ばくではpro-Bタイプに分類される低分化のB細胞リンパ腫の発症リスクが特に増加することを明らかにした。放射線影響研究の重要課題である発がんについて、ヒトの調査では得ることの困難な、被ばく時年齢の影響及び、腫瘍のタイプ別のリスクを明らかにした意義は大きい。同時に、動物とヒトのデータを比較する上で、リンパ腫の分化段階を考慮したリスク解析に繋がることが期待される。さらに今後、放射線がリンパ性白血病を誘発するメカニズムの解明への足掛かりとなることが期待される。また、研究内容が評価され、2019年及び、2020年には、日本宇宙生物科学会、日本放射線影響学会で優秀発表賞を受賞している。

No. 2020-9 谷内 淑惠

北海道大学大学院 保健科学院

Track Structure Study for Energy Dependency of Electrons and X-rays on DNA Double-Strand Break Induction

Yoshie Yachi, Yuji Yoshii, Yusuke Matsuya, Ryosuke Mori, Joma Oikawa, Hiroyuki Date.

Scientific Reports, 9, 17649, 2019.

https://doi.org/10.1038/s41598-019-54081-6

 本研究では、研究室独自の放射線輸送計算コードを用いた二次電子線のエネルギー付与の空間的解析とX線照射下の細胞実験によるDNA二本鎖切断数の定量的な測定を行った。これにより、電子線・光子線を対象に、微視的エネルギー付与と生物学的応答の関係を明らかにした。

 特筆すべきは、巨視的に同じ線量を付与した場合でも、診療用X線(低エネルギー)の方が治療用X線(高エネルギー)よりも細胞への影響が大きいことを示した点にある。生体に照射された低エネルギーX線が生み出す数十keV以下の低エネルギー二次電子成分は、高エネルギーX線の場合よりも割合が大きく、DNA損傷を起こす高密度のエネルギー付与箇所が多くなる。培養細胞を用いた照射実験の結果は、この特性を如実に反映し、物理学的過程との因果関係を強く示唆している。

 これまで放射線の影響は、線量や線量率によってのみ議論されてきたが、本研究では、組織内で創出される電子線の飛跡形状(空間的エネルギー付与分布)を細胞核スケールで評価することの必要性を定量的に検証し、光子線・電子線の放射線加重係数のエネルギー依存性を考慮することが被ばく評価の高精度化に繋がることを提示した。

​ この研究では、光子線が生み出す二次電子線(δ線)の生体組織への影響を定量化するとともに、細胞照射実験との比較によってその妥当性を検討しました。二次電子線の重要性は従来から指摘されてきましたが、医療における被ばく防護評価では、光子線・電子線の放射線加重係数を一律に1と近似しない方がよい可能性があると考えています。

No. 2020-8 西岡 蒼一郎

北海道大学大学院 医理工学院 分子細胞動態計測分野

Rab27b contributes to radioresistance and exerts a paracrine effect via epiregulin in glioblastoma

Soichiro Nishioka, Ping-Hsiu Wu, Toshiaki Yakabe, Amato J. Giaccia, Quynh-Thu Le, Hidefumi Aoyama, Shinichi Shimizu, Hiroki Shirato, Yasuhito Onodera, and Jin-Min Nam.

Neuro-Oncology Advances, 2(1), 1-13, 2020.

https://doi.org/10.1093/noajnl/vdaa091

 膠芽腫は悪性度が高い脳腫瘍であり予後は不良である。膠芽腫の治療には放射線が用いられるが,がん細胞の放射線抵抗性を一因とする治療後の再発が問題となっている。

 本研究では,膠芽腫細胞の放射線照射に伴う遺伝子及びタンパク質発現の変動を解析し,分泌経路に関与するRab27bの発現が放射線照射によって亢進することを見出した。Rab27bの発現抑制は担癌マウスの放射線治療後の生存期間を著しく延長すること(図),増殖因子の一つであるエピレギュリンの発現がRab27bと共に亢進して放射線抵抗性を促進すること,これらの遺伝子の発現亢進が患者の予後不良と相関していることを明らかにした。さらに,放射線照射による膠芽腫からのエピレギュリンの分泌は,パラクライン効果により周辺のがん細胞の増殖を促進することを見出した。

 放射線抵抗性における細胞間相互作用の意義は,未だ不明な部分が多い。本研究の成果に基づき,Rab27bを介した分泌経路及び分泌物をより詳細に解析することで,放射線治療効果の向上に繋がるさらなる分子標的が得られるものと期待している。本研究は海外のニュースなどでも多く取り上げられ,大きな注目を集めている。

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No. 2020-7 于 暠

東京大学大学院 工学系研究科 原子力専攻

Radical scavenging and chemical repair of rutin observed by pulse radiolysis: as a basis for radiation protection

Yu, H. and Yamashita.

Free Radical Research, 53(9-10), 1005-1013 (2019).
https://doi.org/10.1080/10715762.2019.1667991

 放射線によるDNA損傷形成において、ビタミンC等の抗酸化剤の添加で防護作用が見られることはよく知られている。初期過程での抗酸化剤の機能にはラジカル捕捉化学回復がある。前者はOHラジカルを捕捉することで間接作用を未然に防ぐ。しかしラジカル捕捉が有効になるためには捕捉反応をナノ秒スケールで早く起こす必要があり、低濃度添加でも効果的であることはうまく説明できない。一方、化学回復では一度できてしまった酸化的初期損傷に対し、これが安定化するまでの間にゆっくりと還元していくため、低濃度でも効果的に機能する。これまでの研究はラジカル捕捉に注目したものがほとんどで、化学回復の効能やエビデンスはよく分かっていなかった。

 時間分解測定であるパルスラジオリシス法を用い、DNAを構成するdGMPに対する抗酸化剤の化学回復についてリアルタイムで観測している。dGMPはOHラジカルに酸化された後、水素原子を受け取ることで還元され、化学回復されることを示し、その速度定数も評価した。本論文は化学回復のメカニズムについて直接的に明らかにしたものである。

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図 (a) 放射線によるDNA損傷誘発の初期過程と抗酸化剤による化学回復の模式図

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図 (b) 化学回復により再生される dGMP の吸収シグナルの経時変化(抗酸化剤添加により dGMP の再生(還元)が加速されている)

No. 2020-6 藤通 有希

電力中央研究所 原子力技術研究所 放射線安全研究センター

Estimated Risks of Radiation-induced Solid Cancers from Various Exposure Conditions and the Effects of Age and Follow-up Period on These Risks

Yuki Fujimichi, Michiya Sasaki, Kazuo Yoshida, Toshiyasu Iwasaki.

Jpn. J. Health Phys., 55 (3), 144-153, 2020.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jhps/55/3/55_144/_article/-char/ja/

No.2020-5 藤通 有希

電力中央研究所 原子力技術研究所 放射線安全研究センター

An Efficient Intestinal Organoid System of Direct Sorting to Evaluate Stem Cell Competition in Vitro

 

Yuki Fujimichi, Kensuke Otsuka, Masanori Tomita and Toshiyasu Iwasaki.

Scientific Reports volume 9, Article number: 20297, 2019.

https://www.nature.com/articles/s41598-019-55824-1

 2009年に腸管オルガノイド形成法(Sato et al., Nature 2009)が最初に報告されてから、オルガノイドを活用した研究に注目が集まっている。Single cell 幹細胞由来のオルガノイド形成は、一般的には限界希釈法によって得られてきた。本論文では、マウス小腸の幹細胞を96 well plateの1 wellに1個ずつ直接ソーティングすることにより、限界希釈法と比較して簡易かつ正確に播種細胞数をコントロールすることを可能とし、さらに培養条件の最適化により高効率でのオルガノイド培養を達成した。また、複数の蛍光標識した幹細胞から1個の混合オルガノイドを形成させる技術を構築し、低線量率照射条件のような散発的なヒットを模擬して照射幹細胞と非照射幹細胞を混合培養した結果、非照射幹細胞存在下では、照射幹細胞は増殖しにくくなることが明らかになった。照射幹細胞単独培養では、非照射幹細胞単独培養と有意差なく増殖していたため、放射線誘発幹細胞競合が生じている可能性が示唆された。

電力中央研究所プレスリリース】 https://criepi.denken.or.jp/press/pressrelease/2020/01_20.html

No.2020-4 孫 略

産業技術総合研究所 健康医工学研究部門

Identification of Potential Biomarkers of Radiation Exposure in Blood Cells by Capillary Electrophoresis Time-of-Flight Mass Spectrometry

 

Sun, L., Inaba, Y., Kanzaki, N., Bekal, M., Chida, K., & Moritake, T.

International journal of molecular sciences, 21(3), 812, 2020.

https://doi.org/10.3390/ijms21030812

 メタボローム解析によって疾患や加齢に特徴的な代謝物が抽出され、最近の研究では加齢や生活習慣によって血球中の代謝物が大きく変化することが指摘されている    。一方で、放射線被ばくをした個体の唾液、尿、血漿(血清)中の代謝物の変化を解析した報告はこれまでにも複数存在するが、血球中の代謝物の変化をメタボローム解析した報告はない。
 本研究では、放射線被ばく後の個体の血球に含まれる代謝物の変化を世界で初めて明らかにした。さらに、世界で初めてCE-TOFMS装置を用いて放射線被ばく後の代謝物を定量した。本研究では、放射線被ばくによって変化する代謝物を99個特定し、そのうち約80個が新規発見であった。このような複数の代謝物の変化パターンに基づく新規線量推定(バイオドシメトリ)の可能性を指摘した(図)。
 なお本研究は、若手研究者による多施設共同研究(産総研、東北大、産業医大、原子力機構)の成果である。

1) Teruya, T., Chaleckis, R., Takada, J., Yanagida, M., & Kondoh, H. (2019). Diverse metabolic reactions activated during 58-hr fasting are revealed by non-targeted metabolomic analysis of human blood. Scientific reports, 9(1), 1-11.

2) Chaleckis, R., Murakami, I., Takada, J., Kondoh, H., & Yanagida, M. (2016). Individual variability in human blood metabolites identifies age-related differences. Proceedings of the National Academy of Sciences, 113(16), 4252-4259.

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図. PLS-DA解析の結果

0Gy、1Gy、3Gyの3群は95%信頼楕円で明確に分類された。

No. 2020-3 永根 大幹

麻布大学 獣医学部

Tumor hypoxia regulates ganglioside GM3 synthase, which contributes to oxidative stress resistance in malignant melanoma

Takuto Shimizu , Masaki Nagane , Mira Suzuki, Akinori Yamauchi, Kazuhiro, Kato, Nagako Kawashima, Yuki Nemoto, Takuya Maruo, Yasushi Kawakami, Tadashi Yamashita. Biochim Biophys Acta Gen Subj. 2020:129723, 28 August 2020.   These authors contributed to this work equally.

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S030441652030235X

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 糖脂質ガングリオシドは細胞膜上の脂質ラフトに豊富に含まれる脂質であり、様々な細胞内シグナルを修飾する。本研究では、固形腫瘍に生じる低酸素環境がガングリオシド合成を減少させ、放射線治療など酸化ストレスへの抵抗性に関与することを明らかにした。本研究は腫瘍内微小環境の変化と放射線応答を考える上で重要な知見となる。

No.2020-2 島田 幹男

東京工業大学 科学技術創成研究院 先導原子力研究所​

Reprogramming and differentiation-dependent transcriptional alteration of DNA damage response and apoptosis genes in human induced pluripotent stem cells

 

Mikio Shimada, Kaima Tsukada, Nozomi Kagawa, Yoshihisa Matsumoto.

J Radiat Res, 60(6) , 719-728, 2019.

doi: 10.1093/jrr/rrz057

 多能性幹細胞では体細胞と比較してゲノムDNAの維持がより厳密に制御されている可能性が示唆されていたが、その分子機構の詳細は不明な点が多かった。本研究では多能性幹細胞のDNA損傷応答機構を調べるためにヒト皮膚線維芽細胞からリプログラミング技術によりiPS細胞を樹立し、さらにそのiPS細胞から神経幹/前駆細胞を分化誘導し、分化細胞として用いることにより、線維芽細胞、多能性幹細胞、分化細胞におけるDNA損傷応答シグナルの遺伝子発現変化の相違を解析した。その結果、iPS細胞ではDNA修復、細胞周期などゲノム安定性維持に関する遺伝子群に加えて、アポトーシス関連遺伝子の上昇が観察された。本結果から、多能性幹細胞ではゲノム安定性維持のためにDNA修復遺伝子の発現量を増加させるとともに、アポトーシスの活性を高めることにより、突然変異を持つ細胞などのポピュレーションを減少させる傾向があることが示唆された。今回の研究において幹細胞のゲノム安定性維持分子機構の新たな知見が得られたことにより、幹細胞の放射線影響研究の発展に貢献することが期待される。

No.2020-1 塚田 海馬

東京工業大学 科学技術創成研究院 先導原子力研究所

Linker region is required for efficient nuclear localization of polynucleotide kinase phosphatase

 

Kaima Tsukada, Yoshihisa Matsumoto, Mikio Shimada.

PLOS ONE, 15(9), 2020. 

doi.org/10.1371/journal.pone.0239404

本研究では、DNA修復酵素Polynucleotide Kinase Phosphatase (PNKP)の細胞内局在の制御機構を明らかにした。

PNKPは遺伝性神経疾患(MCSZ, AOA4, CMT2B2)の原因遺伝子であり、DNA一本鎖切断修復・DNA二本鎖切断修復など様々なDNA修復経路に関わる。

本研究では、PNKPの核内局在に必要なアミノ酸配列(NLS: 138-141番目)を同定し(図1)、PNKPが核内局在能力を欠失すると、細胞のDNA一本鎖切断とDNA二本鎖切断の修復能力が有意に低下することを解明した(図2)。一般的に、脳の発生段階では活性酸素により大量のDNA一本鎖切断が生じると考えられており、本研究成果はPNKPと神経疾患の発症メカニズムを解明する一端となると考えている。

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さらに、PNKPが核内構造体の一つである核小体に強く局在し、PNKPのリン酸化依存的なタンパク質間結合がその制御に関わることを解明した(図3)。近年、核小体は細胞のがん化や老化と密接に関わることが報告されており、本研究成果はPNKPがこれらの生命現象に関わることを示唆するものである。

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